2016年10月12〜13日

第3回厚労省交渉・画期的な国会内集会開催の報告(古川)


 10月12日遺骨問題で国会内厚労省交渉

 
  厚労省交渉
 
  要望書を手渡し
 10月12日、ノーハプサ口頭弁論の終了後、相原久美子参議院議員立ち合いのもと、参議院会館内で太平洋戦争被害者補償推進協議会が厚生労働省交渉を行いました。
 韓国人遺骨の交渉は3回目。「戦没者遺骨収集推進法」成立後初めての今回は、既に沖縄で開始されている沖縄戦遺族へのDNA鑑定呼びかけ内容と、対象となっている地域に朝鮮人軍属がいた可能性があることを確認するために行いました。まず推進協・李煕子代表から厚労省社会援護局事業課の吉田課長に要望書を手渡しました。現在厚労省は、沖縄本島4地域(平川・幸地・経塚・真嘉比)から出土した遺骨の鑑定を行い、その地域に関係する軍と一般県民被害者に鑑定呼びかけを行っています。そのうち264遺族から鑑定依頼の回答が返ってきているとのこと。
 沖縄へ動員された朝鮮人軍属は政府の記録でも4000名を超えます。その中心部隊の特設水上勤務隊(水勤隊)が4地域に関連していなかったのか。水勤隊は4つの中隊で朝鮮人軍夫2646人と、指揮する日本人軍人が各中隊に60名程度いたことがわかっています。ノーハプサスタッフ保田さんの史実資料等の調査で、4地域に関連する部隊として、「62輜重隊」(重量物を運搬する兵站任務)に、102中隊が編入されていたことが判明。今回その資料を提出しました。厚労省は「知らなかった」と資料を受け取りましたが「中隊の日本人に4地域での戦死記録がないので対象にしなかった」と言い逃れました。
 沖縄戦での朝鮮人戦死者を考えるとき大きな問題が浮かび上がってきます。ほとんどが「行方不明」のまま放置されているのです。日本人の場合は沖縄県民を含めて、戦傷病者戦没者遺族等援護法の遺族年金支給の関係で戦死事実と、(信憑性はともかく)戦死場所が確定しています。しかし援護法の蚊帳の外に置かれた旧植民地出身者は「不明」、留守名簿にも「○不」のゴム印が押されたままなのです。戦後、韓国政府に手渡った「特別水上勤務102中隊・朝鮮人不明者名簿」(1948年)には「終戦時沖縄本島軍人はほとんど玉砕・軍夫は不明なれど、ほとんど戦傷病死したと思われる。大部分死亡か?」というメモ書きがあります。水勤隊で死亡記録のある人は、102中隊で100名、104中隊で68名が確認できますが、その他は、「○不」です。予想どおり、厚労省は「行方不明の場合、連絡できない」と回答。私たちは「DNA鑑定を通じて探すのが日本の責任」と繰り返し要求しました。一方、戦後の引き揚げ時に、戦闘や戦死者把握のために港で聞き取り調査したことがわかっていますが、その記録が残っているか質問すると「調査して相原事務所に回答する」と約束しました。70年間行方不明のまま放置してきた問題を避けて通れないことを厚労省に強く認識させる交渉となりました。
 
翌13日、ガマフヤー主催で国会内集会を開催
 
 翌13日には同じ会場で、ガマフヤー(具志堅隆松代表)主催で「戦没者遺骨返還のあり方に関する国会内集会」を開催しました。沖縄戦遺族へのDNA鑑定呼びかけが始まっているにも関わらず、広く知れ渡っていないこと、地域の限定に問題が多いこと、DNA抽出する対象が「歯」だけで「四肢骨」は焼却してしまっていることなどの問題点等を国会議員に知ってもらうために開催したものです。日本遺族会長水落議員からのメッセージをはじめ、自民から共産まで30人を超える国会議員、秘書が参加、10人の議員に挨拶いただきました。また太平洋戦史館の岩淵宜輝代表理事や、シベリア抑留者支援・記録センターの有光健さんなど遺骨収集団体が参加、思いを一つにする画期的な集会になりました。
 集会全体を規定したのは遺族からの発言でした。兄が沖縄戦で戦死した北海道千歳市の渡辺鶴雄さんは「毎年沖縄に通っているが遺骨が見つからない。4地域に該当しないためDNA鑑定に参加できず残念だ。地域を限定せず沖縄全体でDNA鑑定をしてほしい」と要望。千葉市の米本登志子さんも「島尻郡方面で戦死としか分からない。DNA鑑定に加えてほしい」と発言。町田市の田畑一夫さんは、発掘された遺骨がDNA鑑定の結果、家族の元へ帰った方で、「今年1月に母が101歳で亡くなり、父の遺骨の横に母の遺骨をぴったりとつけている」と報告しました。具志堅さんは「戦死通知では山川方面で戦死とされているが、実際遺骨が見つかったのは浦添市前田。誰がどこで死んだかわからない沖縄戦の特徴を如実に物語っている。これまでDNA鑑定で4体の遺族が判明しており、うち2人に聞くと2人とも戦死通知の場所と異なっている。沖縄のような狭い場所を細かく区切ってDNA鑑定をする必要があるのか。現在沖縄で保管されている600体のうちDNA鑑定対象になるのが87体だが、これは歯がある遺骨。歯以外からもDNAは採れる。歯の有無によって帰れる、帰れないでは不公平が生じる」と補足発言しました。集会には遺骨収集団体である太平洋戦史館の岩淵宣輝さんや、シベリア抑留者支援・記録センターの有光健さんも発言。最後に川田隆平議員が「国の責任において遺骨を収集するだけでなく、ご遺族にお返しするということが法律に明記された。しっかり国としてやっていくことが大事」と締めくくりました。
 この2つの行動後10月28日、シベリア抑留被害者61人分の歯が誤って焼却され、DNA鑑定が不可能になったとの報道がされました。歯だけを検体としていることの問題点が広く明らかになり、さっそく川田議員が11月7日の厚労委員会で塩崎大臣に質問しました。今後も「歯だけでなく四肢骨を対象にすべき」「希望する全遺族から検体採取を」の声を広げていきましょう!

国会内集会 遺族の渡邊さん
発言する具志堅さん 岩淵さんと具志堅さん

集会内容は、「戦没者遺骨を家族の元へ」連絡会のHP http://kazokunomotoe.webnode.jp/ で公開しています。ぜひご覧ください。