「日韓請求権協定第2条の実施に伴う大韓民国等の財産権に対する措置に関する法律」(昭和40年、法律144号)の憲法上の評価について
獨協大学大学院法務研究科(法科大学院) 右崎正博教授
第1 憲法第29条による財産権保障の意義と構造
憲法第29条は第1項で「財産権は、これを侵してはならない」とし、第3項で「私有財産は、正当な補償の下に、これを公共のために用いることが出来る」としている。その「正当な補償」とは、完全補償か、相当の補償かの議論があったが、昭和48年の最高裁判決以後、完全補償説が通説的見解となっている。
第2 本件訴訟の背景
韓国国民の財産及び請求権を消滅させた措置法(以下、法律144号)第1項の規定が、日韓両国民の個人の私有財産権を著しく侵害するものであることは明らかだが、正当な補償もなされないまま、このような財産権の制限を設けることは、日本国憲法第29条第1項及び第3項に違反するのではないか。まず、条約や協定が憲法に抵触する場合いずれの法的効力が優越するかという問題があり、「条約優位説」「憲法優位説」という問題である。これについては、条約の成立自体が憲法に根拠をおくものであり、また、違憲の条約の存在は、国の法秩序の統一を欠くことになり、そのような違憲の条約に国内法の効力は認められない。つまり、日韓協定や請求権協定よりも日本国憲法の効力が優越するのは当然で、正当な補償も無いまま大韓民国国民の請求権をすべて消滅させるとした法律144号は憲法第29条違反である。
第3 日本国憲法と外国人の財産権の保障
憲法による財産権の保障が外国人である大韓民国の国民にも及ぶのかということが次に問題となる。これについては、憲法による基本的人権の諸規定は、人権の性質上日本国民のみを対象としている条項を除いては、外国人にも等しくその保障が及ぶものと解するのが相当であり、経済的自由権についても、精神的自由権や人身の自由と同様、外国人にも同様に摘要されることに争いは無い。
第4 請求権協定における経済協力の法的性格
請求権協定第1条に基づく経済協力は、実質的に日本国の大韓民国に対する戦後補償としての性質を有すると考えるのが自然である。問題として残るのは、法律144号によって、大韓民国国民の財産権を一定の例外を除いてすべて消滅させることができるかという点、仮にそうだとしても日本国憲法第29条第3項が要求する「正当な補償」がなされたといえるかということ。
第5 請求権協定。措置法と大韓民国国民の請求権
国会での柳井条約局長やりとりにあるように、放棄されたのはあくまでも国の外交保護権であり、韓国国民が日本国と日本国民に対して持つ財産や債権等の請求権ではないということである。
第6 請求権協定に基づく経済協力と「正当な補償」
請求権協定に基づき日本国から大韓民国政府に供与された経済協力のための資金は、限定的に戦争被害者への補償金として用いられた。しかし、それは全く不十分なものであり、完全な補償がなされたとは言いがたい。
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