[朝日新聞] 2001.11.2 靖国参拝 首相発言に原告反発 「反省、口先だけか」

 小泉純一郎首相の靖国神社参拝をめぐり、市民グループや在韓の旧日本軍人・軍属 の遺族らが参拝の違憲確認などを求めて、大阪など3地裁に1日提訴したことについ て、首相と福田康夫官房長官は、「話にならんね」「信仰の自由の妨害」などとコメ ントした。原告らからは早くも強い反発の声があがった。
 大阪で提訴した原告団代表の1人、島根県の住職、菅原龍憲さん(61)の寺には1日 午後「小泉首相をいじめるな」という嫌がらせや無言電話がかかってきた。「首相の 発言を許してしまう国民の側にも問題がある。一人ひとりの積み重ねを踏みにじる発 言で、屈辱的だ」と怒りを隠さない。
 韓国側の原告をまとめた太平洋戦争被害者補償推進協議会の金銀植(キムウンシク) 事務局長(30)は「信仰の自由を妨害しているのは、我々の家族を勝手に靖国に合祀 し、取り下げる自由も認めない日本という国家のほうだろう。首相の訪韓時の反省の 弁は、やはりリップサービスだった」と憤る。  松山で提訴した「小泉首相靖国神社参拝違憲訴訟四国訴訟団」の釈氏(きくち)政昭 ・原告団長(58)は、「なぜ我々が違憲だと訴えるのか、憲法を勉強した上で理解して ほしい」。  愛媛玉ぐし料訴訟の原告団長でもあった松山市の僧りょ安西賢二さん(55)は「首相 は『大したことじゃない』という印象を持たせて、問題の本質をごまかそうとしてい るのでは」とみる。
 憲法の政教分離原則を争った「箕面忠魂碑訴訟」原告で、今回の訴訟にも加わった 神坂玲子さん(70)=大阪府箕面市=は、「苦しまぎれの発言でしょう。闘いがいがあ ります」と話した。

●はぐらかしの論理だ  奥平康弘・東大名誉教授(憲法)の話
  憲法の政教分離原則の背景に、先の大戦で 国家神道が果した役割への反省もある。歴代の首相は、一挙手一投足でも憲法違反に なりかねないということを考えて行動していた。まじめに憲法を考える人たちを「話 にならん」という一言で切って捨てようとするのは、憲法というものがわかっていな いということだ。テロ対策特措法でも、何でもかんでも「常識」などというはぐらか しの論理で押し通そうとする姿勢には危険な感じすらする。

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        抗 議 声 明

 小泉純一郎首相は、内外からの批判を無視して、本年(二〇〇一年)八月一三日に靖 国神社に参拝した。わたしたちは、この参拝に対して、その違憲性の確認と参拝によ る人権侵害に対する損害賠償、さらに将来にわたる参拝の差し止めを求めて、一一月 一日に、大阪・松山・福岡の各地裁に提訴した。
 一日夕刊、二日朝刊各誌によると、小泉首相は「話にならんね。世の中おかしい人 たちがいるもんだ。もう話にならんよ」と言い、また、福田康夫官房長官も同日午前 の記者会見で、提訴について「そういうことを言って、小泉純一郎の信仰の自由を妨 げるというのは、それこそ憲法違反じゃないですか」と述べたという。 小泉首相の「話にならんね。世の中おかしい人たちがいるもんだ。もう話にならん よ」という発言は、意見の異なるものの存在を許さない排除の思想を述べたものであ り、到底許すことはできない。 首相は、四月一八日以来、たびたび戦没者に「感謝と敬意」をささげることが当然 のことであり、反対する人の気持ちが理解できないと公言している。「感謝と敬意」 をささげて参拝することは、それによって「あとに続くもの」を教化育成する靖国創 立以来の中心的な宗教行為である。首相は、約四ヶ月間にわたって、こうした靖国の 宗教活動を宣伝しつづけた挙句に、八月一三日に実際にその宗教活動を行なったので ある。 しかし、わたしたちは、小泉首相とは異なる思想・宗教信条によって戦没した自分 の親族や先人に対して静かに想いをめぐらそうとしている。それは、われわれ原告の 宗教的・思想的、また、民族的な人格権である。小泉首相のこうした宗教活動は、単 に憲法で禁止されているだけでなく、われわれの人格権に対する侵害である。それゆ えに、われわれは、憲法違反の行為がなされたことの司法的な確認と損害賠償を求め て提訴したのである。
 それに対して「話にならんね。世の中おかしい人たちがいるもんだ。」で応じるこ とは、こうした人格権に対する侵害をさらに悪質に加えたことに他ならない。
 また、福田官房長官の発言「そういうことを言って、小泉純一郎の信仰の自由を妨 げるというのは、それこそ憲法違反じゃないですか」という発言も許すことはできな い。 小泉首相は「内閣総理大臣として」、すなわち、機関として参拝したのである。機関 としての宗教行為は禁止されているのだから、機関には「信教の自由」などというも のは存在しない。官房長官の発言は、憲法に対する無知にもとづく発言であり、猛省 を促したい。機関としての宗教活動は、信教の自由を保証された個々人に対する信教 の自由の侵害にしかならないのである。靖国への合祀は、遺族の気持ちを無視して勝 手に祀られたものである。われわれは、四月以来首相に対して、こうした「感謝と敬 意」の参拝に何度も抗議している。それにもかかわらず、「感謝と敬意」の参拝を受 けるということは、生前に日本軍に使役されただけでなく、死後もまた、日本軍の行 為を賛美するために宗教的に利用されていることにほかならない。これほどのはなは だしい信教の自由の 侵害があろうか。とりわけ、植民地化された「朝鮮」において日本軍の侵略行為を担 わされるために軍人や軍属として徴用されたものとその遺族にとってみれば、このこ とは耐えがたい苦痛であり、侮辱である。
 われわれ各訴訟団は、これらの発言を許さない。これは、裁判を受けるという基本 的人権に対する侵害であり、行政府による司法の侮辱でもある。憲法を遵守する義務 を明記されたものによるこのような発言は、辞任に値するものであり、われわれは、 小泉首相・福田内閣官房長官に対して、厳重に抗議すると同時に、強く謝罪を要求す るものである。

二〇〇一年一一月七日

内閣官房長官 福田 康夫 殿

小泉首相靖国参拝違憲アジア訴訟団    小泉首相靖国参拝違憲四国訴訟団    小泉首相靖国参拝違憲九州・山口訴訟団