判決文のうち、三浦守裁判官による「反対意見」の重要な部分を赤字、太字、下線で強調してある。
判決文
令和6年 (受)第275号
判 決
上告人 権 香 子 上告人 朴 南 順 上告人
張
鎮 花 上告人 董 定 男 上記4名訴訟代理人弁護士 内田 雅敏
大口 昭彦 一瀬 敬一郎 長谷川 直彦
浅野 史生 井堀 哲 酒田 芳人
被上告人 国 同代表者法務大臣 鈴木 馨祐 同指定代理人 竹本 光輝
上記当事者間の東京高等裁判所令和元年(ネ)第2783号
第二次世界大戦戦没者合祀絶止等請求事件について、同裁判所が令和5年5月26日に言い渡した判決に対し、上告人らから上告があった。よって当裁判所は、次のとおり判決する。
主 文
本件上告を棄却する。 上告費用は上告人らの負担とする。 理 由
上告代理人内田雅敏ほかの上告受理申立て理由(ただし、排除された部分を除く。)について 1
靖國神社は、被上告人から第二次世界大戦で戦没した軍人及び軍属の氏名等の情報の提供を受け、それらの者を合祀していた。本件は、大韓民国の国籍を有する上告人らが、被上告人に対し、被上告人が、上告人らの了承を得ずに、靖國神社に上告人らの各父親の情報をも提供した行為(以下「本件情報提供行為」という。)は違法であるなどと主張して、国家賠償法1条1項に基づく慰謝料の支払等を求める事案である。
2
所論は、本件情報提供行為は、靖國神社による前記各父親の合祀(以下「本件各合祀」という。)のために必要なものであり、上告人らの信仰生活の静誰や遺族としての自己決定権など、不法行為法上の保護を受けるべき権利ないし法的利益を侵害する違法なものであるのに、これを否定した原審の判断には、法令の解釈適用の誤り及び判例違反があるというものである。
3 原審の適法に確定した事実関係によれば、本件各合祀は昭和34年10月 1
7日までにされている一方、本件訴えの提起は平成25年10月22日にされている。そうすると、本件情報提供行為が違法か否かについて判断するまでもなく、上告人らの請求に係る損害賠償請求権については、平成29年法律第44号による改正前の民法724条後段の除斥期間が経過していることが明らかである。そして、原審が適法に確定した事実及び上告人らの主張を精査しても、被上告人が上記除斥期間の主張をすることが、信義則に反し又は権利の濫用として許されないと判断するに足りる事情があるとはうかがわれない。
4
したがって、本件情報提供行為に係る上告人らの損害賠償請求を棄却すべきものとした原審の結論は是認することができる。論旨は、原判決の結論に影響を及ばさない事項についての違法をいうに帰着し、採用することができない。
^ なお、その余の請求に関する上告については、上告受理申立て理由が上告受理の決定において排除された。
よって、裁判官三浦守の反対意見があるほか、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。なお、裁判官尾島明の補足意見がある。
裁判官尾島明の補足意見は、次のとおりである。
私は、被上告人の本件情報提供行為が仮に上告人らが主張するように国家賠償法上違法であったとしても、そのことは除斥期間の規定(平成29年法律第44号による改正前の民法724条後段)の適用により原判決の結論に影響しないことになるので、論旨について判断をせずに本件上告を棄却するのが相当であると考える。三浦裁判官の反対意見が上告人らの損害賠償請求権について除斥期間が経過していることが明らかとはいえないとしていることに鑑み、この点に関する私の意見を補足して述べておきたい。
1 最高裁令和5年 (受)第1319号 同6年7月
3日大法廷判決。民集78巻3号登載予定は、「(不法行為によって発生した損害賠償)請求権が除斥期間の経過により消滅したものとすることが著しく正義・公平の理念に反し、到底容認することができない場合には、裁判所は、除斥期間の主張が信義則に反し又は権利の濫用として許されないと判断することができる」としているところ、被上告人は、原審において、仮に上告人らの被上告人に対する損害賠償請求権が成立するとしても、同請求権は除斥期間の経過により消滅している旨主張している。そうすると、仮に同請求権が認められることになる場合には、同請求権の消滅が著しく正義・公平の理念に反し、到底容認することができず、除斥期間の主張が信義則に反し又は権利の濫用として許されないかが問題となる。
原判決は、本件情報提供行為によって法的保護の対象となる上告人らの権利利益が侵害されたということはできない旨の判断をしており、除斥期間の主張について触れるところはない。しかしながら、原審が適法に確定した事実に基づき、記録からうかがわれる上告人らが主張する事実を最大限考慮したとしても、被上告人が除斥期間の主張をすることが信義則に反し又は権利の濫用になるといえないことは、以下に検討するとおり、更に審理をするまでもなく明らかであると思われる。
2 まず、本件情報提供行為により上告人らが被ったとされる被害の程度について検討してみる。
靖國神社が上告人らの各父親について行った本件各合祀は、信教の自由を保障された一宗教団体が挙行した宗教上の行為そのものであって、上告人らの承諾を得ないままされたものであっても、上告人らに対する不法行為を構成すると評価することは困難である(ある宗教団体が、関わりのない他人を当該他人やその関係者の承諾を得ることなく、教祖や祭神として崇めることがあるとすると、当該他人等が不快に感じたり、あるいは当該他人等が他の宗教の敬虔な信者であれば、その宗教感情を著しく害されたりすることもあり得るであろう。しかし、宗教団体がその教義等に基づき何者かを教祖ないし祭神として崇めていることに対し、他人が損害賠償を求めることは、当該宗教団体の行為が別途当該他人の社会的評価、信用、名誉感情等を害するものといい得るような場合であればともかく、通常は認められないと思われる。)。
このように考えると、靖國神社が上告人らの各父親を合祀し、祭神としていること自体を捉えて、これにより上告人らの権利利益が侵害されているということは困難であるといわざるを得ない。
もっとも、被上告人の責任ということになると、憲法20条3項の政教分離規定があるために、上記靖國神社の賠償責任の有無とは異なるところがある。政教分離規定はいわゆる制度的保障の規定であって、私人に対して信教の自由そのものを直接保障するものではない(最高裁昭和57年(オ
)第902号同63年6月 1日大法廷判決・民集42巻5号277頁参照)と
しても、国があえて政教分離規定に反する行為を行って個人の敬虔感情を傷つけるようなことはしないであろうと私人が期待するのは合理的なことであるとみる余地がある。このような政教分離規定に反する国の行為により個人が損害を被るという態様の不法行為の主張の当否は更に検討をようするとしても、国が私人の合理的期待に反することをしたことにより被ることが想定される精神的損害の程度は、当該私人の宗教的思いの深さに応じて異なるであろうが、それでも賠償責任を認め得る損害という観点からは個人の生命や身体に対する重大な侵害に比較すると相当程度軽度なものであるといわざるを得ない。
また、本件においては、被上告人において上告人らが権利行使をすることを殊更 妨げたという事情はうかがわれない。
そうすると、更に審理をするまでもなく、本件情報提供行為によって損害賠償請求権が仮に生じたとしても、その除斥期間の経過による消滅が著しく正義・公平の理念に反し、到底容認することができない程度のものとはいえず、除斥期間の主張が信義則に反し又は権利の濫用といえないことは明らかであると思われる。
3
また、上記のように靖國神社が自由に行うことができる合祀自体あるいは合祀された状態の継続が上告人らの関係で不法行為にならないのが原則である以上、被上告人がその共同不法行為者になるということもない。したがって、上記2のように被上告人の不法行為を観念するとしても、被上告人が本件各合祀のために上告人らの父親ごとに行った1回限りの情報提供行為が政教分離規定に反することを根拠とするものとして捉えるしかなく、仮にこれにより損害賠償請求権が発生するとしても、その発生時点は各本件情報提供行為に基づく本件各合祀がされた時ということになるから、本件では遅くとも昭和34年10月17日であると考えられる。
4
以上によれば、原審は除斥期間の主張について審理判断をしていないのであるが、原審認定事実を前提に上告人らの主張を精査して、上告人らが請求し得る損害賠償請求権の存在を仮に想定したとしても、これが除斥期間の経過により消滅していることは明らかであるから、論旨は、結局のところ原判決の結論に影響しないものであるといわざるを得ず、本件上告を棄却すべきである。
裁判官三浦守の反対意見は、次のとおりである。
私は、多数意見と異なり、原判決が被上告人の損害賠償責任を否定した判断は、国家賠償法1条
1項の解釈適用を誤って、必要な審理を尽くさなかった違法があり、原判決を破棄して事件を原裁判所に差し戻すのが相当であると考える。以下、その理由を述べる。
1
本件は、大韓民国の国籍を有する上告人らが、被上告人の本件情報提供行為並びにこれに基づき靖國神社が上告人らの各父親(以下「本件各被合祀者」という。)を合祀した行為(以下「本件各合祀行為」という。)及びこれを継続している行為(以下、この行為を「本件各合祀継続行為」といい、これと本件各合祀行為を併せて「本件各合祀行為等」という。)が、上告人らの人格権等を侵害するものであり、被上告人と靖國神社との共同不法行為又はそれぞれ単独の不法行為に当たるとして、被上告人に対し、国家賠償法1条1項に基づく慰謝料の支払等を求める事案である。
2 原審の適法に確定した事実関係等の概要は、次のとおりである。
(1)靖國神社は、明治2年に太政官布告により創立された東京招魂社を前身とし、明治12年に靖國神社と改称され、別格官弊社に列せられていたが、第二次世界大戦の終戦後、連合国軍最高司令官総司令部(以下「GHQ」という。)がいわゆる神道指令を発したこと等から、昭和21年、宗教法人となり、昭和27年、宗教法人法に基づく宗教法人となった。
(2)靖國神社における合祀は、国事に殉じた者を祭神として祀る祭祀であって、祭神簿に基づき被合祀者の祭神名を墨書した霊璽簿について、霊璽簿奉安祭、合祀祭等が行われ、霊璽簿等は、靖國神社において保管管理される。
戦没者の合祀については、一定の基準に該当する者を合祀しており、各被合祀者の遺族の同意を得ていない。合祀をした際、靖國神社は、判明している遺族に対し合祀の通知を行い、遺族から問い合わせがあつたときは合祀に関する情報を回答する。
(3)第二次世界大戦で戦没した軍人等の合祀について、終戦前は、陸軍省又は海軍省が一定の基準を定め、個別審査を行った上で、陸軍大臣又は海軍大臣から天皇に上奏してその裁可を経て決定され、執行されていた。
昭和21年、GHQは、靖國神社に対し、合祀祭等を禁止するなどしたが、昭和23年、被上告人は、靖國神社に対し、被上告人が所有し保管する戦没者の情報に係る資料を引き渡すなどし、靖國神社は、被上告人から提供された情報に基づき合祀を行った。
(4)昭和27年4月、連合国軍による占領が終了し、被上告人と靖國神社は、昭和31年
1月及び2月、打合会において、その後の事務の流れとして、靖國神社は既合祀者名簿を各都道府県に送付し、各都道府県は合祀基準に該当する戦没者につき祭神名票を作成して厚生省引揚援護局に送付し、同局は祭神名票を靖國神社に送付し、靖國神社はこれにより祭神簿及び霊璽簿を作成するとともに、合祀通知状を作成して各都道府県に送付し、各都道府県はこれを各遺族に送付することを確認した。
厚生省引揚援護局長は、昭和31年4月、各都道府県に対し、「靖国神社合祀事務に対する協力について」(同月19日援発第3025号厚生省引揚援護局長通知。以下「昭和31年局長通知」という。)を発し、上記事務の流れに沿う「靖国神社合祀事務協力要綱」を示すなどして、靖國神社の合祀事務への協力を求めるとともに、当該事務処理の経費は国費負担とする旨等を通知した。
被上告人と靖國神社は、昭和31年1月から昭和45年6月までの間、上記打合会を含め合計21回にわたり、靖國神社内において打合会を行つたが、その際、被上告人から靖國神社に対し、今後の合祀基準や合祀の対象者に関する提案や意見等を述べるなど、合祀基準等についても協議を行った。
その間、厚生省援護局から各都道府県に対し、靖國神社の合祀事務に対する協力に関する複数の通知が発せられた。
(5)被上告人は、昭和31年局長通知等に基づき、都道府県の協力を得て、靖國神社に対し、第二次世界大戦で戦没した軍人等の氏名等の情報を提供した(以下、この提供行為全体を「戦没者情報提供行為」という。)。上記情報に基づき、靖國神社において、多数の戦没者の合祀が行われたが、昭和32年から昭和47年までの間だけで被合祀者数の合計は100万人を超える。このような情報の提供は、昭和61年頃までされていた。
(6)戦没者情報提供行為は、個々の戦没者について、氏名のほか、階級、所属部隊、死亡の年月日、場所及び原因等の事項を記載した祭神名票を送付して行われた。靖國神社においては、合祀基準に該当することが確認された戦没者に係る祭神名票の氏名等の事項を書き写して祭神簿を作成し、これに基づき被合祀者の祭神名を墨書して霊璽簿を作成した。祭神名票は、祭神簿及び霊璽簿の原票として取り扱われ、霊璽簿等とともに、靖國神社において保管管理されている。
(7)被上告人は、靖國神社以外の団体等が第二次世界大戦における軍隊等に関する名簿や書籍等を発行する場合、戦没者等の情報を提供していた。
(8)上告人らは、大韓民国の国籍を有する者であり、上告人らの各父親である本件各被合祀者は、第二次世界大戦において、我が国の軍隊の下で行動したために戦死又は戦病死をしたものであるが、本件情報提供行為に基づき、昭和34年4月6日又は同年10月17日、創氏改名による日本式の氏名によって、本件各合祀行為がされ、靖國神社が所有し管理する霊璽簿等に記載されている。
3 原判決は、上記事実関係等の下において、要旨次のとおり判断し、上告人らの請求を棄却すべきものとした。
本件各合祀行為等は、宗教法人である靖國神社に保障されている信教の自由によりすることができる宗教的行為であり、そのような行為が、最高裁昭和57年(オ)第
902号同63年6月1日大法廷判決・民集42巻5号277頁
(以下「昭和63年大法廷判決」という。)にいう強制や不利益の付与を伴うものとも認め難いから、それにより本件各被合祀者を敬愛追慕する人格権等が侵害されたという上告人らの主張を採用することはできない。本件各合祀行為等が上告人らの上記人格権等を侵害するものとはいえない以上、本件情報提供行為によってこれらの権利等が侵害されたということもできない。
4 しかしながら、原審の上記判断は是認することができない。その理由は、次のとおりである。
(1)私人間の法律関係においては、信教の自由を有する私人相互の権利利益の調整の問題として、個人が他者の宗教上の行為によって静謐な信仰生活を送る利益等を害されたことを理由として、当該他者との関係で、直ちに損害賠償を請求し、又は差止めを請求するなどの法的救済を求めることはできないと解される。しかし、国家には信教の自由がなく、むしろ宗教的活動を禁止されているから、個人と国家との法律関係は、私人間のそれと異なるものである。
他方で、個人が亡くなった近親者を敬愛追慕することは、宗教上、習俗上その他人間としての基本的な精神的営みであり、そのために平穏な精神生活を維持することは、個人の尊厳及び幸福追求に深く関わるものであって、正当な理由なく公権力によって妨げられることのない人格的利益として、憲法13条及び20条1項の趣旨に照らし尊重に値するというべきである。
国家が憲法20条3項の政教分離規定に違反して私人の宗教的行為を援助し促進するなどの宗教的活動を行い、これにより、他者の上記人格的利益が害されたと評価できる場合、それが強制や不利益の付与を伴うものでないとしても、国家との関係において、当該他者の法的利益が侵害されたものということができるものと解される。このような場合に、当該私人の信教の自由を理由として、国家が損害賠償責任を免れるのは不合理である。そのことは、当該他者が当該私人に対し直ちに法的救済を求めることができることを意味するものではなく、当該私人の信教の自由を不当に制限するものでもない。
なお、昭和63年大法廷判決は、憲法20条3項の規定が制度的保障の規定であって、私人に対して信教の自由そのものを保障するものではないから、同項に違反する国家の宗教的活動も、それが同条1項前段又は2項に違反して信教の自由を直接侵害するに至らない限り、私人に対する関係で当然には違法と評価されるものではないとしているが、信教の自由の保障及びその侵害が同条1項前段又は2項の問題であるとしても、同条3項に違反する国家の宗教的活動について、国家賠償法1条1項の適用上、一定の法的利益を侵害する違法と評価することが否定されるものではないと解される。
(2)ア
憲法20条3項の政教分離規定は、国家と宗教との関わり合いが我が国の社会的、文化的諸条件に照らし、信教の自由の保障の確保という制度の根本目的との関係で相当とされる限度を超えるものと認められる場合に、これを許さないとするものである。国家が私人の宗教的行為に必要な情報を調査して提供する場合、当該宗教的行為の性格や当該情報を調査して提供することとした経緯等には様々なものがあり得るところであり、当該情報の調査及び提供が、上記諸条件に照らし、信教の自由の保障の確保という制度の根本目的との関係で相当とされる限度を超えて、政教分離規定に違反するか否かを判断するに当たっては、当該宗教的行為の性格、当該情報の調査・提供をすることとした経緯、当該情報の調査・提供の態様及びこれと当該宗教的行為との関連性、これらに対する一般人の評価等、諸般の事情を考慮し、社会通念に照らして総合的に判断すべきものと解される。
イ
前記事実関係等によれば、靖國神社における合祀は、宗教法人である靖國神社の中心的な宗教的行為であり、靖國神社の創立以来の経緯及び憲法20条3項の趣旨に照らし、靖國神社における第二次世界大戦の戦没者の合祀に対する被上告人の直接的な協力は、同項による政教分離制度の中心に位置する問題である。
第二次世界大戦の戦没者について、合祀基準に該当する全ての者の合祀を決定するためには、その対象となる個々の戦没者について、祭神名票に記載される上記事項について調査をして正確な情報を得る必要があり、特段の事情がある場合を除き、被上告人及び都道府県がこれに協力しなければ不可能であったと考えられる。
被上告人は、靖國神社との多数回の打合会を踏まえ、昭和31年局長通知等に基づき、合祀基準に該当する全ての戦没者の合祀を援助し促進するため、約30年もの長期にわたり、都道府県の協力を得て、被上告人の経費負担の下で組織的に、靖國神社に対し、合祀の決定に不可欠な情報を調査して提供したものであり、これにより、100万人を超える膨大な数の戦没者の合祀が行われたということができる。
戦没者情報提供行為について靖國神社の要請があるとしても、靖國神社における合祀に不可欠な情報の調査及び提供は、政教分離原則との関係において、他の団体等の非宗教的な目的に係る要請に射する調査回答と同様のものと評価することは困難である。
他方で、原審において、被上告人が、連合国軍による占領の終了後、靖國神社との打合会を行うなどして戦没者情報提供行為をすることとした理由など、その経緯に関する具体的な認定及び検討はされていない。
また、被上告人と靖國神社との打合会においては、今後の合祀基準や合祀の対象者についても協議がされていたところ、本件各被合祀者は、戦前に我が国が統治した朝鮮の出身者であって、そのような戦没者に関する情報は、都道府県による調査の範囲を超えており、被上告人による調査の可否を踏まえ、これを合祀の対象者とすることについても、両者の間で協議がされたものと考えられるが、原審において、こうした協議の状況に関する具体的な認定及び検討はされていない。
本件情報提供行為が憲法20条3項に違反するか否かについては、以上に述べた事情を含め、本件各合祀行為等の性格、本件情報提供行為をすることとした経緯、本件情報提供行為の態様及びこれと本件各合祀行為等との関連性、これらに対する一般人の評価等、諸般の事情を考慮し、社会通念に照らして総合的に判断すべきものである。
(3)
前記事実関係等によれば、本件各被合祀者は、戦前に我が国が朝鮮を統治したことにより、第二次世界大戦において、我が国の軍隊の下で行動したために戦死等をしたものであるが、本件情報提供行為に基づき、創氏改名による日本式の氏名によって、本件各合祀行為がされ、靖國神社が所有し管理する霊璽簿等に記載されている。
また、本件情報提供行為は、本件各被合祀者の合祀を決定するために不可欠な情報を個別に提供したものであり、本件情報提供行為がなかったとしても本件各合祀行為が可能であったと認められる事情はうかがわれない。
靖國神社における合祀は、国事に殉じた者を祭神として祀る宗教的行為であり、そのような合祀を望まない遺族にとって、亡くなった近親者を敬愛追慕するという宗教上、習俗上その他人間としての基本的な精神的営みに影響を及ぼし得るものである。そして、本件各合祀行為等については上告人ら遺族が了承していない上、我が国と朝鮮との歴史的な関係、本件各被合祀者が戦死等をするに至った経緯、戦前における靖國神社の役割等に鑑みると、上告人らが本件各合祀行為等を認識することにより、本件各被合祀者を敬愛追慕する上で平穏な精神生活を維持することが妨げられたという主張には相応の理由がある。
他方で、原審において、上告人らが本件各合祀行為等を認識した経緯及びその認識が上告人らに及ばした影響等に関する具体的な認定及び検討はされていない。
本件情報提供行為に対する国家賠償法1条1項の適用に関しては、(2)イの判断とともに、その判断において考慮すべき事情に加え、上告人らが本件各被合祀者を敬愛追慕する上で平穏な精神生活を維持する人格的利益の性格、上告人らが本件各合祀行為等を認識した経緯、本件各合祀行為等が上記人格的利益に及ぼす影響及びこれらと本件情報提供行為との関連性等の諸事情を考慮し、本件情報提供行為により上記人格的利益が侵害されたものと評価することができるか否かについて検討し判断すべきものである。
(4)原判決は、(2)イ及び(3)の判断のために考慮すべき重要な事実の認定及び検討を行わないまま、単に本件各合祀行為等が上告人らの主張する人格権等を侵害するものとはいえないことのみを理由に、本件情報提供行為により上記人格権等が侵害されたとはいえないとして、被上告人の損害賠償責任を否定したものであり、国家賠償法1条1項の解釈適用を誤つて、必要な審理を尽くさなかった違法があるというべきである。
5(1)多数意見は、上告人らの請求に係る損害賠償請求権について、平成29年法律第44号による改正前の民法(以下「改正前民法」という。)724条後段の除斥期間が経過していることが明らかであり、原審が適法に確定した事実及び上告人らの主張を精査しても、被上告人が上記除斥期間の主張をすることが信義則に反し又は権利の濫用として許されないと判断するに足りる事情があるとはうかがわれないとする。
(2)被上告人の上記除斥期間の主張に関し、上告人らは、@被上告人の不法行為は現在に至るまで継続的に行われ終了していない、A除斥期間の起算点は損害の発年時と解すべきであるが、本件情報提供行為により上告人らの精神的損害が生じたのは、本件情報提供行為から相当期間が経過した時点であり、上記損害は本件各合祀継続行為により継続的に発生している、B本件において除斥期間の適用により損害賠償義務を消滅させることは著しく正義、公平の理念に反する等の主張をしたが、第一審及び原審は、これらについて判断していない。
そして、原判決の後に、最高裁令和5年(受)第
1319号同6年7月3日大法廷判決・民集78巻3号登載予定(以下「令和6年大法廷判決」という。)は、改正前民法724条後段の除斥期間の経過により消滅したものとすることが著しく正義・公平の理念に反し、到底容認することができない場合には、裁判所は、除斥期間の主張が信義則に反し又は権利の濫用として許されないと判断することができるとして、それまでの判例を変更した。
(3)上告人らの請求に係る損害賠償請求権は、被上告人の憲法の政教分離規定に違反する行為により、憲法上保障され又は保護される上告人らの人格権等が侵害されたという主張を理由とする。そして、前記事実関係等を前提とした上で、上告人らは、戦没者情報提供行為が、合祀基準に該当する全ての戦没者を合祀するという共通の目的に向けた行為であり、被上告人が、合祀基準の決定及び解釈等について主導的、中心的な役割を担い、合祀基準及び被合祀者の決定を靖國神社と一体として行うなど、合祀は被上告人と靖國神社の密接な連携の下で推進されたものである旨等の主張をする。また、上告人らは、本件各合祀行為が行われた際、靖國神社から合祀の通知を受けておらず、相当の期間が経過した後に、本件各合祀行為等を認識し、これにより、本件各被合祀者を敬愛追慕する上で平穏な精神生活を維持することが妨げられた旨の主張をする。
これらの上告人らの主張(以下「本件主張」という。)に関し、第一審判決は、本件情報提供行為の違法性に関する検討の中で、関係する諸事情を認定した上で、本件主張(上記の靖國神社からの通知及び本件各合祀行為等の認識に関するものを除く。)を否定する判示をしたが、原判決は、単に本件各合祀行為等が上告人らの主張する人格権等を侵害するものとはいぇないことのみを理由に、本件情報提供行為により上記人格権等が侵害されたとはいえないとしたものであり、第一審判決の上記検討に係る判示全体を引用しておらず、他に、本件主張について判断を示していない。
そこで、前記事実関係等及び本件主張を前提にして、上告人らの請求に係る損害賠償請求権について、除斥期間が経過しており、その除斥期間の主張が信義則に反し又は権利の濫用として許されないと判断するに足りる事情がないといえるか否かについて検討する。
(4)ア
戦没者情報提供行為は、宗教法人である靖國神社における中心的な宗教的行為である合祀に関し、被上告人が、靖國神社との多数回の打合会を踏まえ、合祀基準に該当する全ての戦没者の合祀を援助し促進するため、長年にわたり、都道府県の協力を得て、被上告人の経費負担の下で組織的に、靖國神社に対し、合祀の決定に不可欠な情報を調査して提供したものであり、これにより、
100万人を超える膨大な数の戦没者の合祀が行われた。
その上で、本件主張を前提にすると、被上告人は、靖國神社との間で、合祀基準に該当する全ての戦没者を合祀するという共通の目的をもって、合祀基準の決定及び解釈等について主導的、中心的な役割を担い、合祀基準及び被合祀者の決定を靖國神社と一体として行っていたものであるから、合祀に係る祭祀が靖國神社において行われるとしても、実質的にみて、両者の行為の全体が、上記目的の実現のため不可分一体の関係にあり、政府の政策による事業として進められるものと評価することができる。
また、朝鮮出身の戦没者を合祀の対象とすることについても、被上告人が、主導的、中心的に、靖國神社と一体として、これを推進したことを前提にすると、本件情報提供行為と本件各合祀行為等も、上記目的の実現のため不可分一体の関係にあると評価することができる。
そうすると、上告人らが本件各被合祀者を敬愛追慕する上で平穏な精神生活を維持する人格的利益は、現在も、本件情報提供行為と不可分一体の行為により侵害が継続し損害が生じてぃるとみる余地がある。
イ
本件主張を前提にすると、上告人らは、本件各合祀行為が行われた際、靖國神社から合祀の通知を受けておらず、相当の期間が経過した後に、本件各合祀行為等を認識した。
上告人らの上記人格的利益は、その平穏な精神生活を維持することが妨げられることによって侵害され損害が生ずるものと考えられ、そのような法益の性質上、本件各合祀行為等を認識して初めて法益が侵害され損害が生ずるということができる。このような場合に法益の侵害と損害の発生を待たずに除斥期間の進行を認めることは、被害者にとって著しく酷であり、不合理である。加害者としても、自己の行為及びこれと不可分一体の行為により侵害し得る法益の性質からみて、相当の期間が経過した後に被害者が現れて、損害賠償の請求を受けることを予期すべきであると考えられる。
ウ
以上に鑑みると、前記事実関係等及び本件主張を前提にして、上告人らの請求に係る損害賠償請求権については、除斥期間が経過していることが明らかとはいえない。
(5)令和6年大法廷判決による新たな判例の下での判断は、当該事案が同大法廷判決の事案に匹敵するか否かという比較の問題ではない。不法行為に関する損害賠償制度は、被害者に生じた現実の損害を加害者に賠償させることにより、被害者が被った不利益を補填して、不法行為がなかったときの状態に回復させることを目的とし、損害の公平な分担を図ることをその理念としており、改正前民法724条後段の除斥期間の主張についても、上記目的及び理念を前提として、同条の趣旨を踏まえ、民法1条の基本原則に従い、具体的な事実関係について判断すべきである(同大法廷判決における私の補足意見参照)。
改正前民法724条は、不法行為をめぐる法律関係の速やかな確定を意図した規定であると解されるどころ、本件主張を前提にすると、本件情報提供行為は、憲法20条3項の政教分離規定に違反し、これにより、憲法13条及び20条1項の趣旨に照らし尊重されるべき上告人らの上記人格的利益が侵害されたものであり、現在も、本件情報提供行為と不可分一体の行為により侵害が継続し損害が生じているとみる余地がある。このような本件においては、法律関係を安定させることによって関係者の利益を保護すべき要請は大きく後退せざるを得ない。
そして、本件主張を前提にすると、本件情報提供行為は、長年にわたる政府の政策による事業の一環として行われたものということができ、また、被上告人及び靖國神社の所蔵資料等に基づき国会図書館調査及び立法考査局編集「新編 靖国神社問題資料集」(平成19年)が刊行され、被上告人が靖國神社に送付した祭神名票及びこれに基づいて靖國神社が作成した霊璽簿等が現在も靖園神社において保管管理されている。このような加害行為の性質及び関係証拠の状況に照らし、時の経過とともに証拠の散逸等によって当該行為の内容や違法性の有無等についての加害者側の立証活動が困難になるともいえない。そうすると、本件には改正前民法724条の趣旨が妥当しない面がある。
その上で、本件主張を前提にすると、被上告人は、靖國神社における合祀に対する直接的な協力という政教分離制度の中心的な問題において憲法に違反し、約30年もの長期にわたり、政府の政策として、憲法上保護される上記人格的利益を有する者に対し、個人の尊厳及び幸福追求に深く関わる犠牲を求める施策を実施してきたということができる。また、被上告人は、我が国と朝鮮との歴史的な関係等に鑑み、大韓民国等には上告人らのように合祀を望まない遺族がいることや、その合祀により、上記人格的利益の侵害が生じ得るとともに、合祀が継続する限り、その侵害も継続して損害が生じ得ることを十分に想定しながら、合祀を推進したものということができる。これらを前提にすると、被上告人の責任は極めて重大であるといつてよい。
さらに、本件主張を前提にして、上告人らは、本件各合祀行為から相当の期間が経過した後に、本件各合祀行為等を認識してその平穏な精神生活を維持することが妨げられることにより、上記人格的利益が侵害され損害が生じたものということができる。上告人らが、これを認識しない時期において、被上告人の本件情報提供行為の違法を主張して損害賠償請求権を行使することは不可能であり、被上告人としても、相当の期間が経過した後に損害賠償の請求を受けることを予期すべきであると考えられる。
以上の諸事情に照らすと、前記事実関係等及び本件主張を前提にして、本件訴えが除斥期間の経過後に提起されたということの一事をもって、上告人らの請求に係る損害賠償請求権が消滅したものとして被上告人がその責任を免れることは、著しく正義・公平の理念に反し、到底容認することができないと評価することには理由がある。
(6)以上の検討からすると、前記事実関係等及び本件主張を前提にして
、上告人らの請求に係る損害賠償請求権については、除斥期間が経過していることが
明らかとはいえない上、除斥期間の主張が信義則に違反し又は権利の濫用として許されないと判断するに足りる事情がないということもできない。
本件において、除斥期間に関する判断を行うためには、事実審において、本件主張に関し、様々な事情を踏まえて十分な検討を行うことが不可欠であり、原判決が重要な事実の認定及び検討を欠いている以上、更に必要な審理を尽くすべきものといわざるを得ない。
6
以上のとおりであり、原判決が被上告人の損害賠償責任を否定した判断は、国家賠償法1条1項の解釈適用を誤って、必要な審理を尽くさなかった違法があり、これは、判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、原判決を破棄して事件を原裁判所に差し戻すのが相当である。
最高裁判所第二小法廷 裁判長裁判官 岡村和美 裁判官 三浦守 裁判官
草野耕一 裁判官 尾島明
|