在韓軍人軍属裁判の要求実現を支援する会ニュースレター

「未来への架け橋」 NO.81 (2015.7.11発行)

6月22日、参議院会館での厚労省ヒアリングで
白眞勲議員・相原久美子議員と李煕子さんたち

全ての希望する戦没者遺族からDNA鑑定を!
日韓遺族・市民の連帯で最後の扉をこじ開けよう!
 GUNGUNでは裁判原告の切実な声「遺骨を家族の元へ」を叶えるため、日本人遺族との連携を深め、発掘される遺骸とのDNA鑑定を求めてきました。厚労省は2003年の「DNA検討会報告」を恣意的に歪曲し、書いてもいない「遺留品がある場合」のみ鑑定実施してきました。しかし5月12日、参議院厚労委員会で、白眞勲議員(昨年厚労省交渉に参加)が質疑を行い、塩崎厚労大臣から「今まで以上にDNA鑑定に応じていただくように検体を提供いただくということは十分あり得る」との答弁を引き出しました。
 翌日、菅官房長官が記者会見で「遺品がなくても、ご遺族にDNA鑑定を呼びかけ、気持ちに応えるのは政府の役割」と表明。14日には読売新聞が「戦没者DNA鑑定拡大。国、遺品なしでも実施」と一面大見出しで報じました(⇒記事全文pdf)。それを受け、私たちは6月22日に白眞勲議員同席のもと、2回目の厚労省交渉を行いました。
 今、大きな壁が取り除かれようとしています。最後の扉をみんなの力でこじ開けようではありませんか。一層のご支援をよろしくお願いします。

「遺骨を家族のもとへ」
全ての希望する遺族のDNA照合に向け昨年に引き続き
国会議員参加による厚労省ヒアリングを開催(上田)

 
厚労省交渉  
 
李煕子(イ・ヒジャ)さん  
 6月22日遺骨問題の厚労省ヒアリングを行った。昨年6月23日に行った厚労省交渉に続き2回めである。終了後、李煕子(イ・ヒジャ)さんに今日の評価を聞くと「30点」という。低いと感じるかも知れないが、昨年の交渉の李煕子さんの評価は「0点」。昨年誰も登ったことのない大きな山に登ろうとし、登山口さえ見つからなかったのに比べ、入り口を見つけ3合目(30点)まで登って来たということ。これは、沖縄での具志堅さんのDNA鑑定を求める闘い、塩川さんの日弁連意見書・法制定を求める運動、岩手・岩渕さんの「遺骨収容事業は終わった。」という厚労省のでたらめを許さなかったニューギニアでの取り組み、そして韓国人の遺骨を家族に返す私たちの取り組みすべてが結びつき、作り出した到達点といえる。
 5月12日、参議院厚生労働委員会で、昨年の厚労省交渉に参加いただいた、白眞勲議員が戦没者遺骨問題について質疑を行い、「遺骸の横に名前のわかる遺品が無くても、可能性のある部隊の遺族のDNA鑑定を求める」「遺骨のデータベース化を進める」という厚労大臣の答弁を引き出した。また希望するすべての遺族からDNAをデータベースし、遺骨・遺族両方向からの照合を行うという提案が厚労大臣に行われた。翌13日には、菅官房長官が「遺品が無くてもご遺族にDNA鑑定を呼びかけ、気持ちにこたえるのは政府の役割」と実施条件の緩和を表明するに至った。
 今回はこの転換点にあたり、要望書を太平洋戦争被害者補償推進協議会が提出し、相原久美子議員を紹介議員とし、神本美恵子議員、白眞勲議員も参加し、厚労省援護局事業課事業推進室吉田室長を相手としたヒアリングを行った。

 要求は、
@ 新聞報道されていない遺骨のDNA検体採取の場所と個体数を明らかにすること。
A シベリアでの韓国人遺骨はどうなっているのか。
B 昨年から要請しているクエゼリン島の海岸への遺骨流出問題調査結果の報告
C 厚労大臣のDNA鑑定の緩和発言をうけての取り扱いを示すこと。緩和された実施条件に合う場合韓国政府と協議すること。すべての希望する遺族からDNA情報を取ること
である。

 昨年に続き、この問題の解決を李煕子さんから付託を受けた沖縄戦遺族であるNPO法人戦没者追悼と平和の会・塩川正隆理事長も交渉をリード。この日は沖縄のどこで死んだかわからないお父様の命日。遺骨を探すため、塩川さん自身のDNA検体も受け取るように厚労省にその思いをぶつけられた。

要望書を提出 塩川さん

「部隊資料で韓国人の可能性があれば韓国政府と協議すること」を追及

 まず、厚労委員会での厚労大臣の発言について、吉田室長は次のとおり答えた。

(吉田室長)
「読売新聞で報道のあった件ですが、白議員からの国会での要望を踏まえ、大臣が新たな取り扱いに関して表明したところです。
(1)固体性のある遺骨については、DNAの抽出が可能であれば全てデータ化を行う。
(2)ロシア・モンゴル抑留地域以外の収容遺骨は、これまで遺留品等があることが条件でしたが、今後は部隊記録等の資料から可能性のある遺族へ呼びかけを行い、DNA照合を行う方向で検討中であります」


 
 
  厚労省吉田室長
 
  李煕子さんと塩川さん
遺族の願いを切り捨ててきた昨年までの3条件に比して、(1)で言うデータベース化の言及は初めてであり、いくら厚労省が拒んでも遺族とのDNA照合に繋がるものである。(2)について今までは、「記録資料などから、対象となる遺族を相当程度の確率を持って推定できること」という条件の、相当程度の確率を得るために名前のある遺品の存在、ロシアモンゴル地域では墓の名簿に名前があること、が前提となっていたが、今回はその条件を除き「今後は部隊記録等の資料から可能性のある遺族」へと大きく変わったのである。
 昨年の回答では韓国人について、「(3条件を)満たす場合の取り扱いについては、外務省を通じて協議したいと考えます」と答え、さらに「韓国人だけ特別扱いはできない」という趣旨まで言っていた。昨年の回答を踏まえれば「可能性のある部隊の日本人についてはDNA鑑定をしますし、その部隊名簿に名前のある韓国人については、可能性があるものとして韓国政府と協議します」という回答になるはずであるにも関わらず、吉田室長はここで旧3条件を韓国人遺族には押し付けようとした。そのため、李煕子さんは「遺族としては心に届くものがない。2回目の話し合いが設けられたことは前進と思う。死んだ人を返してくれと言うのは無理とわかっている。70年もの間放っておかれたことが遺憾。家族が遺骨を探したいのは当たり前。日本が戦争を起こさなければ父が命を落とすことはなかった」と抗議し、厚労省の不誠実な態度に交渉は、激しいものとなった。
 以下、録音テープからそのやりとりを紹介する。「昨年の回答どおり日本人と同じように扱え」という厳しいやりとりは交渉中2度も繰り返された。

まずは1回目の追及

(吉田室長)
 昨年収容されたクエゼリンの15柱の遺族の特定をどのように進めるかというと、8柱の検体を抽出できた。今後DNAを抽出し、データ化に向けて検討していく。抽出できた際は、関係すると思われる遺族を推定してDNA鑑定の呼びかけを行っていくことになる。その上で遺族を探す必要性がある時は韓国政府と協議していく。
(金敏普F韓国側支援者)
 「必要な場合」と判断する時の具体的な内容を聞きたい。例えば、厚生労働省のホームページにシベリア抑留者の名簿を見ると、日本人の場合名前と出生地がカタカナで書いてあるが、何人かは空欄がある。それは出生地がわからないためか、韓国出身者であるためなのかわからない。必要があればという内容はこんな場合という具体的な説明をしてほしい。
(吉田室長)
 これまで遺留品等があればという条件だったが、多くはみつからない。それに代わる方法として当時の部隊資料等から戦没者を絞り込み、その中から遺族を探し出すという作業になる。韓国内に遺族がいた場合は、韓国政府に協力を仰ぐことになると思う。
(ぐんぐん:日本側支援者)
 4番に関して確認する。遺留品があれば韓国政府と協議するという発言は新条件と異なるように受け止めたが。先ほどのクエゼリンの件では新条件を満たせば韓国政府と協議するということでよろしいですね。
(吉田室長)
 収容作業は日本人が眠っていることを前提に行うが、結果として遺留品などから日本人でないと推測がつく場合はその時点で関係機関と相談する・・・・
(ぐんぐん:日本側支援者)
 それは、今までの話でしょ。緩和された条件のもとでは、韓国政府と相談するということでいいんですか?
(吉田室長)
 はい。新たな要件のもとでは、遺留品がなくても資料などから特定していく作業を進めるということなのでその過程で、保管している資料などから朝鮮半島出身者とおぼしき情報が出た場合はその時点で・・・・
(ぐんぐん:日本側支援者)
 そんなの、わからないでしょ。部隊がわかるだけで,その遺骨が韓国人かどうかはDNA鑑定をやってみないとわからないじゃないのに、なぜあなたはわかるんですか。DNAを調べないとわからないでしょう。中国で死んだ人を沖縄で探せと言っているわけではない。クエゼリンは小さな島じゃないですか。部隊が3つか4つあって絞っていくわけでしょ。その中の遺骨が韓国人か日本人かはDNA鑑定してみないとわかるわけない。日本人に対してやるわけだから、韓国人も対象にするということでいいんですね。
(吉田室長)
 クエゼリンは資料に基づきこれから調査を進めていく。新条件については部隊資料から進めている。
(ぐんぐん:日本側支援者)
 あなたは「遺留品があれば」とか「韓国人とわかれば」とかいいましたが、どうやってわかるんですか。遺留品がなければわからないんで、DNA鑑定をそのためにやるんじゃないですか。白議員が大臣と話していい方向に持ってきているのに、なんで勝手に矮小化するのか。4番についてまじめに答えてください。
(吉田室長)
 遺留品といったのは結果論でして、今後資料に基づいて遺族を特定するための調査をしていきます。
(ぐんぐん:日本側支援者)
 部隊資料から韓国の人がいることがわかれば、韓国政府と協議するということですね。
(吉田室長)そうする必要があると思う。

そして2回目の追及

(ぐんぐん:日本側支援者)
 もう一度確認するが、厚労委員会の議論をふまえて緩和された基準に沿って、韓国人であるという可能性がある場合は韓国政府と協議するということでよろしいですね。
(吉田室長)
 そうとう韓国人であるだろうという可能性が高い場合は、協議するという・・・・・
(ぐんぐん:日本側支援者)
 (可能性が)ある場合でしょ、高いかどうかは、わからないでしょう。部隊の中に韓国人がいれば可能性があるということだけです。あなた、どうやって韓国人ってわかるんですか。遺骨から見分けはつかないでしょう。
(吉田室長)
 まず、資料から調査して・・・・
(ぐんぐん:日本側支援者)
 部隊の中に、韓国の人がいれば可能性があるということで理解していいですね。
(吉田室長)はい。
(ぐんぐん:日本側支援者)
 今、はいと言いましたね。
(吉田室長)
 はい。


厚労省による韓国人排除のための恣意的な運用を、許さない

 厚労委での厚労大臣発言から、遺骸からのDNAデータベース化と同時に、部隊名簿などからDNA鑑定が遺族に呼びかけられることがほぼ明らかになった。そして今回の交渉で、韓国人遺族についても「部隊資料から韓国人がいれば、可能性があるもとして韓国政府と協議する」ことを、3人の国会議員の前で確認した。神本議員からは「一定の確認ができた」との発言もあった。しかし一方で、何とかハードルを上げようとする厚労省の不誠実な態度も目の当たりにした。今回のやりとりを踏まえた文書回答を求めているが、確認点を下げる回答をしてくるかも知れない。
 私たちはこの不安定な(原因は厚労省官僚の不誠実さ)成果を確定させ、次、4合目5合目へと登っていく道を見つけている。今回参加した白眞勲議員から「すべての遺族からのDNA鑑定を求め、遺骨と遺族双方からデータベース化し照合していくことが解決の道である。難しくはない。私は7月10日に行われる日韓(韓日)議員連盟の合同総会の歴史文化分科会の日本側代表なので、この問題を分科会や韓国側委員に提案していく。韓国の議員に遺族のDNAを集めてもらう」との表明がなされた。また交渉後、韓国・太平洋戦争被害者補償推進協議会は、韓日議員連盟に対し、@歴史文化委員会の議員が正式に遺骨問題を共同議題とすること。A韓国政府が希望する遺族のDNA情報のデータを集め日本政府と交渉すること、などを要請した。このニュースが発行されている頃は、合同総会の結果が出ているはずだ。日韓議員連盟には自民党から共産党まで幅広い議員が参加している。日本の遺族にとっても遺骨を家族に戻すことは70年来の悲願である。戦後70年、戦争の反省に立ち、日韓の遺族の思いに応える和解のための事業として、また平和のための事業としてこの事業を進めることに反対する余地はないはずである。

◆ 続報
 7月10日東京開催の日韓・韓日議員連盟合同総会で、「韓国人遺族からDNAを採取するなど、遺骨探しに両国政府が積極的に対応するよう促す」ことが合意されました。
   
⇒聯合ニュース日本語版(2015.7.10) 

李煕子(イ・ヒジャ)さん 白議員(左) 相原議員(中央)

 今回の厚労省交渉での回答を次に掲載する。

6月22日厚労省ヒアリングでの回答とやりと

@ 99年以降シベリア・モンゴルで7085人分、フィリピンなど他の地域で1113人分の検体を採取しているとされているが、報道されている硫黄島406、沖縄106、フィリピン34、パラオ4、東部ニューギニア189以外は?シベリアでは、墓ごとの名簿があると聞くが、今まで朝鮮人の遺骨が記された名簿を日本政府は持っていないのか。また朝鮮人のみの墓や、日本人と朝鮮人の混葬された墓の遺骨および名簿は返還されていないのか。シベリア関係で朝鮮人の可能性のある遺骨からDNA検体を採取しているのか。

(吉田室長)
 スマーク・ソロモン諸島で140、ノモンハン地域で67、マーシャル諸島で41、インドネシアで40です。シベリアに関しては、ロシア(ソ連)から提供された抑留中死亡者名簿があり、記載内容から朝鮮人と思われる資料があります。要望のお尋ねですが、混葬墓地での収拾は行っていません。またそこでの検体採取も行っていません。また朝鮮人名簿についてかつて韓国政府から「日本政府がもっている名簿を提供できないか」という照会があったので、ロシア政府に問い合わせたところ「捕虜収容所に収容されていた韓国人捕虜すべてに関する問題はロ韓間で処理すべきと考えるため、韓国政府から日本政府に対し資料の提供依頼があっても提供は差し控えていただきたい」との回答があった。このため、韓国政府への資料提供は考えていないが、戦時中日本軍に属していた方の資料は厚労省に保管されており、遺族などから依頼があれば情報提供します。

A クエゼリン環礁エニンブル島で発見された遺骨について、昨年11月9日から26日の間で遺骨収集帰還応急派遣により、遺骨受領および調査を行うとのことであったが、その結果を明らかにすること。

(吉田室長)
 今回、15柱の遺骨を収容し日本へ送還しました。
(交渉の過程での吉田室長の補足)
 昨年収容されたクエゼリンの15柱の遺族の特定をどのように進めるかというと、8柱の検体を抽出できた。今後DNAを抽出し、データ化に向けて検討していく。抽出できた際は、関係すると思われる遺族を推定してDNA鑑定の呼びかけを行っていくことになる。その上で遺族を探す必要性がある時は韓国政府と協議していく。うち8柱からDNA検体を取った。今後、DNAを抽出し、関係ある部隊の資料の遺族にDNA鑑定を呼びかける。

B 今年度中にも遺族にDNA照合を遺留品なしでも呼びかけるとなっているが、緩和された実施条件は、どのような基準・方法で遺族に照合を呼びかけるのか

(吉田室長)
 読売新聞で報道のあった件ですが、白議員からの国会での要望を踏まえ、大臣が新たな取り扱いに関して表明したところです。
 固体性のある遺骨については、DNAの抽出が可能であれば全てデータ化を行う。
 ロシア・モンゴル抑留地域以外の収容遺骨は、これまで遺留品等があることが条件でしたが、今後は部隊記録等の資料から可能性のある遺族へよびかけを行いDNA照合を行う方向で検討中であります。

C 昨年、厚生労働省からなされた「回答」は、遺品の存在などを前提としたが、それでも「実施条件をみたす場合の取り扱いについては、外務省を通じて韓国政府と協議する」という回答であった。今回、緩和された実施条件で、ただちに韓国政府と協議すること。
 また、遺族の高齢化を鑑み、将来発見される遺骨とのDNA照合に備え、現在収容されている遺骨の関係者だけではなく希望する遺族全員のDNA検体採取を呼びかけること。

(吉田室長)
 先ほどのとおり、DNA鑑定を実施する新たな基準・具体的な方法は現在検討中であり、仮に新たな実施基準のもとで遺品で朝鮮人と思われる遺骨が発見された場合は収容せず、現地の政府機関を通じて対応し、並行してこちらでも適切な対応を行います。

(Cについては、不当な回答に対し、交渉の中で前述した内容を確認)
(ぐんぐん:日本側支援者)
 部隊の中に、韓国の人がいれば可能性があるということで理解していいですね。
(吉田室長)
 はい。
(ぐんぐん:日本側支援者)
 今、はいと言いましたね。
(吉田室長)
 はい。


 シベリアでの遺骨収集について、韓国人を排除する姿勢とそのために混葬墓地の日本人遺骨も放置されているという事実が明らかになり、今後の取り組みが問われている。またクエゼリンについては、昨年6名の遺族の名簿を出して交渉しており今後の展開について注視する必要がある。沖縄戦遺族として、塩川さんが自らのDNA検体を受け取るように迫ったが、吉田室長は「要望は承る」とのみ答えた。
 遺骨は今後発掘されるが、遺族はどんどん亡くなっていく、そして亡くなった場所がはっきりしない塩川さんや権水清(クォン・スチョン)さんのお父さんの遺骨を発見するためにも「すべての希望する遺族のDNA鑑定を行う」ことが必要なのだ。それは厚労省による韓国人排除のための恣意的な運用を、許さない方法でもある。

日韓つながり直し集会に参加して(木村)

 日韓つながり直し1965→2015集会が6月20日東京で開かれた。1965年日韓条約締結―日韓国交正常化から50年になる。しかし日韓両政府の関係は好転の兆しさえ見られないでいる。しかも安倍政権は新たな戦争を準備するために、憲法学者の「憲法違反」という指摘も無視して戦争法案作りに躍起になっている。この影響は、地方でも現れている。群馬「記憶・反省そして友好」の追悼碑を守る会の矢中幸雄さんからは、建立の経過と、2012年からの右翼団体による撤去を強要する動きが報告された。北海道から福岡まで全国各地で同様の 碑や説明板を撤去強要の共通した動きは、第2次安倍政権になってから起こっているという。朝鮮学校「高校無償化」からの排除問題についても「高校無償化」からの朝鮮学校排除に反対する連絡会の長谷川和男さんから報告があった。安倍による日本の負の歴史抹殺は「ヘイトスピーチ」を活発化させてきた。「高校無償化」の問題は日本が歴史に向き合うことの問題であり、日本の民主主義の問題、日本人の人権意識を問う問題だと話された。

1965年条約は「過去を覆い隠すもので、植民地支配清算はなされていない」

 
  シンポジウム
 
  デモで李煕子さん
 午後からは5人のパネリスト太田修さん、金昌禄さん、阿部浩巳さん、五味洋次さん、金丞垠さんで『検証!日韓条約・請求権協定「1965年体制」はもう終わりだ!』をテーマにシンポジウムがもたれた。
 同志社大学教授の太田修さんは、「日韓条約は植民地支配の責任を不問に付したサンフランシスコ条約に基づいて結ばれた。“経済協力”方式は過去の償いでなく、あくまで“経済協力”であった。植民地支配による被害者の声を聞くことはなかった。暫定的結論であって、過去(植民地支配・戦争責任)を覆い隠すもので、“過去清算”はなされていない」。
 慶北大学法学専門大学院教授の金昌禄さんは、「韓日政府の条約に対する解釈は異なっている。韓国政府は“請求権協定によって植民地支配責任は解決されていない。”と主張。一方日本政府は“すべて解決済み”と主張するが、1965年に認めていない問題“慰安婦”“植民地支配”も含めてというのは無理がある。不完全さを克服し韓日は真の友好関係を築くべき」。
 神奈川大学教授の阿部浩巳さんは、「国際法の環境の抜本的変化は、国家間の相互利益の実現から、普遍的価値(人間の尊厳)の実現が求められてきたことだ。“過去の不正義”との全面的対峙が東アジアにおける共通の人権保障の枠組みを実現するため必要だ」。
 東京新聞編集委員の五味洋次さんは、「日韓会談で報道は双方の政府の言い分をそのまま伝えることで、政府の言い分をメディアが増幅し国民感情をさらに悪化させている面があることは否定できない。歴史経緯や韓国人の心情に分け入って報道する姿勢が重要になる」。
 民族問題研究所責任研究員の金丞垠さんは、「被害者個人に対する補償の実現は、協定締結から12年もかかった。韓国政府が請求権資金を経済開発に優先し、遅延されると共に対象者と金額も最小限に縮小された。しかも、地域別に見ると朴正熙の地元に過半数を越える件数・金額が渡っている。日韓両政府が共通の歴史認識を構築し、植民地支配に対する反省と謝罪を前提に新しい“第2の請求権協定”を追求すべきだ」。
 「韓日間の問題だけでなく、どういう国にしていくのか価値をどこに置くか、市民一人一人の問題だ」「これだという処方箋はないが、執拗に対話することが必要だ」というパネリストの言葉が心に残った。

日韓つながり直しのプロローグを作った日韓ユースフォーラム
(寄稿:田中勇輝さん)

 
wamを訪れたユースメンバー  
 
ユースフォーラムの議論を報告  
 6月20日、日本と韓国の若者の参加者でつくるユースフォーラム「ともにつくろう!日韓つながり直しのプロローグ」が在日韓国YMCAで開催されました。当日は日本の若者約20名、韓国の若者約15名が参加し、日本の戦後補償の問題を学ぶとともに、日韓をどうつながり直すか、活発な議論と交流が行われました。
 当日はまず内海愛子さんが「キムはなぜ裁かれたのか -植民地支配・戦争裁判・戦後補償を考える」をテーマに、日本の戦後補償の問題点などをご講演。またNHKスペシャル「チョウ・ムンサンの遺書」を鑑賞しました。これら問題を初めて知る参加者が多く、中でも朝鮮人BC級戦犯問題に強い衝撃を受けていました。当時「朕の命令は絶対」という日本軍で植民地の人間として厳しい立場に立たされ、いやでも任務を遂行する他なかった朝鮮人軍属。戦後、朝鮮人は日本人ではないという動きが進む一方で、朝鮮人軍属は「戦争犯罪においては日本人」とさせられ、死刑など重い罰で裁かれながら、日本軍の責任者であった天皇などが裁かれなかったという不条理と戦後補償の問題を痛感した方が多かったのではないかと思います。
 午後の部では、日韓の若者が日韓のつながり直しを妨げているさまざまな問題(歴史認識・メディア、領土問題、慰安婦問題、政府・経済の4つのテーマ)について、積極的な議論を行いました。
 また、日韓の若者は、19日に靖国神社、21日にはwam(女たちの戦争と平和資料館)を訪問しました。韓国からの参加者は靖国神社を訪問して「日本は大丈夫かと心配になった」と述べるなど、日本が行った戦争を賛美し、ナショナリズムを煽る靖国神社の展示内容に強い不快感と懸念を持っていました。
 私は今回の企画に参加し、日本の歴史問題が韓国の人々に強い不快感と懸念を与えている現状の深刻さを改めて痛感しました。また、あらゆる歴史問題の被害者に誠実に謝罪をし、しっかりした補償をすること。そして過ちを二度と繰り返さない平和な社会を作るという形で過去を清算することが日本の責務であるし、それらをしっかり行った上にこそ、韓国や朝鮮との本当のつながり直しと友好関係の構築、そしてアジアの平和の実現があるのではないかと思いました。
 そのためにも今後も韓国の若者の皆さんとともに歴史問題を学びながら、被害者に対する誠実な謝罪としっかりした補償や教育などを日本政府などにしっかり行わせること。そしてそれを基盤にした日韓つながり直しを日本と韓国の若者で共に実現していきたいと強く思いました。今回の企画はまさに日韓つながり直しのプロローグとなったと言うことができるでしょう。

事後アンケート「何が日韓関係を妨げていると思うか」

1位「歴史認識」、以下「領土問題、慰安婦問題、歴史教育・教科書問題、メディア」。上位5つ以外として以下の回答。

韓国:「メモリの領域、靖国神社、無知からの依存、大学生たちの無関心、親日派、政府対応、歴史問題の政治的利用、日韓会談/日韓協定、経済、右翼の主張、経済成長 鈍化、今までまとめられていない過去史清算、誰でもあやまちを起こしますが謝罪と和解を通じて過去のあやまちを繰り返さなければ大丈夫。日本政府はこれをしない、日本が過去のあやまちを認めないことになると、右翼の権威が落ちてしまいます、日本が未だに帝国主義的思考方式を捨てられず維持しているため、戦争美化。」

日本:「関心、小さい頃に言葉や文化に触れ合わない、首脳会談の不備、排外主義の増長、疎通、英語中心、ヘイトスピーチ、視点、ナショナリズム、ネット内の右翼化、右翼、政府、政治家、とにかく経済至上主義(人権はあとまわし)、朴正煕、アメリカ政府、植民地支配の歴史認識、歴史への態度(日本政府の謝罪が個人的で、トップがかわれば簡単に否定される)、戦争責任」

ノー!ハプサ 第2次訴訟 第4回口頭弁論報告(山本)

 
李明九(イ・ミョング)さん  
 5月27日、ノー!ハプサ第2次訴訟第4回口頭弁論が行われ、原告の李明九(イ・ミョング)さんが意見陳述を行いました。李さんは「私の家族は解放の喜びを感じることができませんでした。日本に強制的に連れて行かれた父が帰ってこなかったからです。父を待っていた母は、1946年10月3日(陰暦)に亡くなりました。母と私、そして弟がひとつの部屋で寝ていたのですが、その日に限って夜中に目が覚めました。母を起こそうと声を掛けましたが、返事がありませんでした。母は亡くなっていたのです。…そしてすぐに祖父と祖母も日本に奪われたわが子を待ちわびる中で病が悪化し、亡くなりました。私と弟は日本のせいで一朝にして孤児になったのです。母が亡くなった時、私の歳は9歳、弟は5歳でした。その後、たった一人の弟も飢え、病気になり、長く患うのを見ながらも、私は弟のために何もしてやることができませんでした。私たち兄弟は頼るところがなかったのです。私が幼い弟をきちんと世話してやることができなかったため、結局、幼い弟までもこの世を去ってしまいました。そのため、この世には私だけが一人残されました。今も弟のことを考えるととてもとても胸が痛み、辛いです。」と切々と訴えました。強制動員によって家族をこれほどめちゃめちゃにされた証言を私は聞いたことがありません。裁判長、国・靖国は李さんの訴えをどう聞いたのでしょうか。
 弁護団は前回に引き続き、朝鮮植民地支配と靖国神社の関係について、1910年から1945年の解放までの歴史的事実を論証しました。これまであまり知られていませんでしたが、韓国併合後も国境地帯で抗日闘争を繰り広げる朝鮮人を「不逞鮮人」と呼び、日本軍による掃討作戦が展開され、死亡した日本軍人が靖国神社に合祀されています。朝鮮植民地支配を通して、靖国神社が「侵略神社」であったことを私たちは明らかにしてきました。
 裁判後の総括集会では、ヤスクニキャンドル行動のドイツ訪問団の報告を李煕子さんからしていただきました。滞在期間中には、世界遺産登録問題で委員会の議長国であるドイツ外務省も訪問し、意見交換を行ったとのこと。靖国問題を理解してもらうことはなかなか難しかったようですが、「負の歴史も伝える」という世界遺産登録問題の決着につながる大きな意味のあるドイツ訪問だったのではないでしょうか。
 次回は9月25日(金)、次々回は12月8日(火)と決まりました。次回からはいよいよ戦後の合祀問題に入ります。

第5回口頭弁論 9月25日(金)午後1時半〜東京地裁101号法廷(法廷が違います)
第6回口頭弁論 12月8日(火)午後1時半〜東京地裁103号法廷
※いずれの期日も30分前に傍聴券抽選が行われる予定です。裁判後には総括集会を予定しています。

読書案内
 
   

遺骨
  −戦没者310万人の戦後史−
            
                      栗原俊雄 著 岩波新書 740円+税

 第2次世界大戦での戦没者310万人(厚労省推計)。沖縄、硫黄島、南洋諸島、シベリアに斃れたそれぞれの亡骸は、遺骨はいったいどうなっているのか。空襲や原爆では身元不明のまま「仮埋葬」されたが、その後どうなったのか。筆者は、戦後60年の硫黄島の遺骨収集の取材をきっかけに遺骨問題を本格的に始めたという。掘り出された遺骨を前に、「哀悼し感謝するまえに、やることがあるだろう」という思いを強く持ち、取材は兵士だけでなく、東京大空襲で虐殺された市民10万の遺体のゆくえをさぐり、少年や囚人も駆り出されて遺体を穴に運ぶ作業をした証言を聞き、原爆被災者の納骨堂を訪ねて歩き、見えてきたものを詳しく記している。
 繁栄の中で、記憶から消されようとしているもの言わぬ「遺骨」。しかしそれこそ戦後日本が何か、戦後は何だったのかをしっかり物語っていることが伝わってくるルポである。(大幸)

ドキュメンタリー紹介
NNNドキュメント「ガマフヤー 遺骨を家族に 沖縄戦を掘る」(日本テレビ6/21放映)

(番組紹介より)「ガマフヤー」とは、沖縄の方言で「ガマ(壕)を掘る人」、沖縄戦の壕を掘って、そこに残る遺骨を収集する人のことだ。具志堅隆松さん(61)は、沖縄で33年前からボランティアとしてこの遺骨収集に取り組んできた。「遺骨を遺族の元に戻したい」という一心から県内各所の壕などに足を運ぶ。土の中から遺骨が姿を見せると、出来る限りそのままの姿で家に帰そうと、丁寧な手作業で掘り起こしていく。そして遺骨の状況や周辺の遺留品などから、今では言葉に出来ない「最期を迎えた時」の話を聞き出そうとする。
(見逃した方のために上映会を予定しています。詳しくはHPで)

GUNGUNインフォメーション

7月17日(金) 14時 安倍靖国参拝違憲訴訟の会・東京 第5回口頭弁論 東京地裁101号法廷
7月25日(土)〜8月2日(日)
         東アジアのYASUKUNISM展 洪成潭連作<靖国の迷妄>
           ブレヒトの芝居小屋(西武新宿線「武蔵関」北口・徒歩6分)
           展示は、13〜19時(平日)、12〜19時(土日)毎日、トーク等イベント有
                (詳しくは080-3731-1075まで)
7月31日(金) 10時 安倍靖国参拝違憲訴訟第7回口頭弁論〜大阪地裁202号法廷
         18:30 報告集会 エルおおさか南館734号
8月 1日(土)〜8/2(日) 2015 ZENKO in Tokyo 東京都北区 北トピア
8月 8日(土) 2015 平和の灯を!ヤスクニの闇へ キャンドル行動「積極的平和主義とヤスクニ」
         13:30 在日本韓国YMCA・スペースYほか 終了後キャンドルデモ
8月14日(金) 13時 戦後70年、東アジアフォーラム−過去・現在・未来−  日本教育会館一ツ橋ホール 
8月15日(土) 10:30〜「東アジアの未来へ・私たちは行動します」8・15集会
            エルおおさか エルシアター 講演 高橋哲哉 高里鈴代 ほか
9月25日(金) 13:30〜ノー!ハプサ第2次訴訟第5回口頭弁論 東京地裁101号法廷
12月8日(火) 13:30〜ノー!ハプサ第2次訴訟第6回口頭弁論 東京地裁103号法廷