2002年11月17日

強制連行跡にタイムスリップ タチソ・フィールドワーク


 

強制労働跡にタイムスリップ タチソ・フィールドワーク報告

 

タチソの説明をする洪仁成さん

 
 

槌の音が聞こえてきそう

 

 11月17日、洪仁成(ホンインソン)さんにタチソのトンネル群を案内していただきました。洪仁成さんは成合北の町に住む在日2世。大阪市内に住んでいたお父さんが大阪大空襲にあい、難を逃れて成合に来られたとのこと。
 「タチソ」は敗色も濃くなった1944年の秋から陸軍によって工事が始められた軍需工場用のトンネル。成合には、当時労働者の飯場がひしめいていました。おだやかな晩秋の青空のもとでは、本土決戦に備えて2万人もの人を使役して昼夜兼行の突貫工事が行われていたことなど想像することも難しい、今は田畑に囲まれた20世帯ほどの静かな町です。山麓に沿って約2キロメートルにわたって広がっているトンネル群は、便宜上5地区に区分されており、その中の2地区と呼ばれるトンネル群に入りました。一本の懐中電灯の光では、深い暗闇に吸い込まれてしまい、真っ暗なトンネルの奥は何も見えません。どのトンネルもほとんど素堀のまま。大きな落盤事故がなかったのが不思議なほどです。
 なんと無益な労働を強いられたことかと思います。成合の新しい住宅のはずれには、かつての飯場を改造した古びた木造の建物と共同便所が残っていました。水道が引かれたのは戦後30年もたってから。住居の建て直しも、地主と成合の住民との間で「土地の売買」がなされた1983年以降。補償どころか戦後処理さえも怠ってきた政府の無責任さはあきれるばかりです。洪仁成さんからお話を伺うことができて、印象深いフィールドワークとなりました。あらためて感謝申し上げます。(鵜飼)